この記事でわかること
「アメリカ進出後に経理の求人を出して3か月、応募が1件も来ない。」
「たまに来ても、日英どちらもできる経理経験者は年収$7万ドルからしか採用できないと言われた――」
アメリカで事業を営む日系企業の社長さんから、こうしたお話を本当によく聞きます。売上は伸びている。でも請求書の処理も、給与計算も、月末の締めも、結局は社長かオフィスマネージャーが片手間でやっている。誰か経理を雇いたいのに、雇えない。そんな状況ではないでしょうか。
この記事では、アメリカで経理担当者を採用するリアルなコストをまず数字で示します。そのうえで、自社採用・会計事務所への外注・その中間(ハイブリッド)という3つの選択肢を費用と実務の両面から比較します。さらに、経理を1人に任せることの内部統制リスクについてもご紹介します。そのうえで、専任者を雇わずに経理を回す方法について、私たちの見解をお伝えします。
この記事の目次
1. 経理担当が採用できないのは貴社だけではない
まず知っておいていただきたいのは、「経理が採用できない」のは特定の会社の問題ではなく、アメリカ全体で起きている構造的な現象だということです。
アメリカでは会計・経理職の人手不足が数年前から続いています。会計士(Accountant)の資格を取る人が減り、既存の会計人材は高齢化しています。結果として、経験のあるBookkeeper(帳簿担当者)ほど引く手あまたで、採用が難しくなっています。
さらには、ここに日系企業特有の事情が重なります。日本本社への報告があるため、英語の会計スキルだけでは足りません。日本語での報告資料を作れて、日本の親会社の質問にも対応できる。そんな日英バイリンガルの経理人材は母数がそもそも少ないのです。求人を出しても応募が集まらないのは、能力の問題でも待遇の問題でもなく、市場にほとんど存在しないからと言えます。
2. 経理担当を雇うと、実際いくらかかるのか
ここでは、アメリカで経理担当を1人雇った場合の実際のコストを、公的な賃金データをもとに確認します。給与だけを見ていると、実際の負担を大きく見誤るためです。
BLSのデータで見る経理職の賃金
アメリカの労働統計は、労働省労働統計局(BLS)が公表しています。ここに全米の職種別の賃金データがあり、誰でも無料で確認できます。
BLSの職種分類でいうと、経理担当は主に2つに分かれます。
- Bookkeeping, Accounting, and Auditing Clerks(記帳・会計事務員):日々の入力・請求・支払処理を担当する層
- Accountants and Auditors(会計士・監査人):月次決算・財務分析・税務対応まで担う層
BLSの直近データでは、Bookkeeping系の事務職の全米中央値の年収はおおむね$47,000前後、Accountants and Auditorsになると中央値で$79,000前後となっています。これはあくまで全米の中央値です。カリフォルニアやニューヨークといった都市部、そして日英バイリンガル要件が加わると、実際の相場はこれを大きく上回ります。
給与の1.25〜1.4倍が「本当のコスト」
ここが見落とされやすいところです。雇用主が負担するのは給与だけではありません。
給与に加えて、以下が上乗せされます。
- 雇用主負担のPayroll Tax:Social Security・MedicareのFICA税で給与の約7.65%、これに連邦・州の失業保険税が加わります
- 健康保険(Health Insurance):会社負担分で月数百ドル規模になることが一般的です
- Workers’ Compensation(労災保険):州ごとに義務づけられています
- 401(k)のマッチング・有給休暇:福利厚生として提供する場合
実務でよく使う目安として、給与額の1.25〜1.4倍が「雇用にかかる本当のコスト」になります。年収$60,000の人を雇うと、実際の会社負担は年$75,000〜$84,000です。ここに採用にかかる時間、教育のコスト、そして離職リスクが加わります。
たとえば日英バイリンガルの経理担当を年収$70,000で採用したとします。負担総額はおよそ年$90,000。月に直せば$7,500前後。これが、経理を1人雇うということの実際の数字になります。
3. 自社採用・外注・ハイブリッドを比較する
経理体制の選択肢は、大きく3つあります。全部を自社で雇う「雇用」、会計事務所などに全業務を任せる「丸ごと委託」、両者を組み合わせる「ハイブリッド」です。以下、社外に出すこと全般を指す場合は「外注」と呼びます。ここではコストと実務の観点から、それぞれの向き・不向きを整理します。
3つの選択肢のコスト比較
金額は日系企業向けサービスのおおよその相場感です。
| 雇用(1人採用) | 丸ごと委託(会計事務所) | ハイブリッド (自社雇用+一部を外注) |
|
|---|---|---|---|
| 月額の目安 | $7,000〜$9,000 (雇用主負担込み) |
$800〜$5,000 | $2,000〜$6,000 (従業員の給与込み) |
| 初期・採用コスト | 採用に数か月+教育 | ほぼなし | 担当者採用は必要 |
| 専門性 | 個人の能力に依存 | 組織的に担保 | 両方を確保しやすい |
| 離職リスク | 高 | なし | 中 |
| 向いている会社 | 採用でき、かつレビュー担当を別に置ける会社 | 業務量の大小を問わず広く向く | 移行期の暫定形 |
金額の絶対値ではなく、「雇用1人分の月$7,500前後という総コストと比べてどうか」で見るのが実務的です。
外注が向いているケース
外注が向いているのは、小規模な会社だけではありません。設立して間もない現地法人や社員数が10名前後までの会社はもちろんですが、取引件数が多い会社ほど、外に出したときの効果は大きくなります。処理が複雑で、止まったときの影響が大きい業務ほど、個人ではなく組織で受けるべきだからです。
会計事務所への外注の最大のメリットは、個人ではなく組織にお願いできることです。担当者が休んでも業務は止まりません。日本本社向けの報告資料も、あらかじめ決められたフォーマットで出てきます。
一方で、「社内に会計の分かる人がいなくなるのでは」というご心配をよくいただきます。ただ実際に必要なのは、会計が分かる人ではなく、取引の背景を説明できる人です。この請求書は何の案件か、この支払は誰との取引か。それを知っているのは経理担当ではなく現場の社員であり、すでに社内にいます。あとは月次の定例で確認する流れを作れるかどうかで、これは外注先の設計次第の話になります。
ハイブリッドは「完成形」ではなく「移行期の形」
実務でもよく見るのが、このハイブリッドです。日々の入力・請求・支払といった作業は社内のオフィスマネージャーや専任者が担当し、月次決算のレビュー・財務諸表の作成・税務・日本本社への報告は外注先の会計事務所が担うイメージです。
コストを抑えつつ会計事務所による確認のプロセスを足せるので、過渡期の形としては有効です。ただし注意が必要なのは、この形でも社内側は「1人経理」のままだという点です。入力・支払・現金の動きが特定の1人に集中している構造は変わっていません。外部のレビューは事後の確認であって、その人が抜けたときに業務が止まることも、処理の意図が分からなくなることも防げません。
実際、ハイブリッドで運用している会社の多くは、専任者の退職や産休をきっかけに、結局すべてを外に出すことになっている印象です。問題は移すこと自体ではありません。それが「明日から」というタイミングで起きることです。計画的に移せば数か月かけて引き継げるものが、緊急対応になると、引き継ぎ資料も本人の説明もないまま進めることになります。
ハイブリッドを選ぶなら、恒久的な体制としてではなく期限を決めた移行段階として設計して頂くと良いかと思います。
4. 1人経理(専任体制)に潜むリスクと、外注で緩和できる理由
この章は、経理を1人に任せている、あるいは任せようとしている会社にこそ読んでいただきたい部分です。1人で経理を回す体制には、コストとは別次元のリスクがあります。
なぜ「1人経理」は危ないのか
会計の世界には「Internal Control(内部統制)」という考え方があります。その基本原則のひとつが、職務分掌(Segregation of Duties)です。お金を動かす人と、それを記録する人と、それを確認する人を分ける、という考え方です。
1人経理では、この3つを1人が兼ねます。支払も、記帳も、銀行残高の照合も、同じ人がやる。つまり誰も確認していない状態が生まれます。これが不正の温床になります。
典型的なのが、架空の外注先への支払い、経費の水増し、小切手の切り替えです。悪意がある場合はもちろん、悪意がなくても、入力ミスや二重計上を誰も指摘できないまま数字が積み上がっていきます。ある日、日本本社が数字の食い違いに気づいて初めて発覚する。こうしたケースは少なくありません。
属人化という、もうひとつの静かなリスク
不正ほど目立ちませんが、より頻繁に起きるのが業務の属人化です。その担当者しか処理の流れを知らない。その人が使っているExcelの計算式を誰も理解していない。QuickBooksの設定の意図が本人にしか分からない。
この状態で担当者が退職したり急に休んだりすると、業務がまるごと止まってしまいます。引き継ぎ資料もない。前任者に連絡もつかない。残された社長が、意味の分からない帳簿やワークペーパーを前に途方に暮れる。特にアメリカでは、日本の会社のように丁寧な引き継ぎ資料が作られることは稀ですし、ローカルの従業員では「引き継ぐ」という意識すらないケースも少なくありません。属人化のリスクはこういったところにあると言えます。
外注が「もう1つの目」になる
ここで外注が効いてきます。外注先を入れると、社内の処理に対して外部の目が入ります。月次で数字をレビューする専門家がいれば、それ自体が職務分掌の一部を果たします。
たとえば社内の担当者が支払と記帳をしていても、月末に外注先が銀行残高との照合をすれば、そこで不整合が浮かびます。担当者と外注先という別々の主体が同じ数字を見ることで、1人に閉じていたプロセスに、確認の担当者が加わるイメージです。
属人化の問題についても同じです。外注先が月次のフォーマットや処理の流れを把握していれば、社内担当者が抜けても外注先側に知識・ノウハウが残ります。会社の外に「業務の記憶」を持っておける。これは1人経理では絶対に得られない安心感です。
5. 当サイトの見解:専任者を雇わずに回すには?
一部だけ社内に残す「ハイブリッド」体制を終点にしない
ここで一度、3章で触れたポイントに戻ります。日々の入力だけを社内に残し、決算と報告を外に出す形、いわば「ハイブリッド」の体制です。
コストの面では合理的に見えますし、実際に多くの会社がこの形を選んでいます。ただ、この記事でご説明してきた観点で見ると、社内側は1人経理のままです。入力と支払を1人が握っている構造は変わっていませんし、その人が辞めれば業務は止まってしまいます。外部のレビューは事後の確認なので、支払が済んだ後にしか効きません。
つまりハイブリッド的な体制は、1人経理の問題を半分だけ解いた状態です。恒久的な体制ではなく、期限を決めた移行段階として設計することをおすすめしているのは、このためです。そして実際のところ、入力・請求・支払処理まで含めて外に出してしまったほうが、費用面でも実務面でも簡単なケースが大半です。社内に残る人の負荷が消え、職務分掌も完全に成立します。「一部だけ残す」ことに思ったほどのメリットはない、というのが私たちの見解です。
もう1人採用して職務分掌を作る方法もありますが、2人分の人件費を許容できる規模でなければ現実的ではありません。中小規模の現地法人では、外部の専門家を使うほうが実務的だと考えています。
採用できないことに課題を抱えるのではなく、「そもそも経理担当者を自社で雇う必要があるのか」を一度問い直して頂くと良いかもしれません。採用難は、体制を見直すいい機会でもあると思います。
まとめ
この記事では、アメリカで経理担当が採用できない実態と、雇用・外注・ハイブリッドの比較、そして1人経理のリスクとその緩和策について解説してきました。
以下に、この記事のポイントを整理しておきます。
アメリカの経理体制:雇用・丸ごと委託・ハイブリッドの比較
| 雇用(1人採用) | 丸ごと委託(会計事務所) | ハイブリッド (自社雇用+一部を外注) |
|
|---|---|---|---|
| 月額の目安 | $7,000〜$9,000 (雇用主の負担込み) |
$800〜$5,000 | $2,000〜$6,000 (従業員の給与込み) |
| 初期・採用コスト | 採用に数か月+教育 | ほぼなし | 担当者採用は必要 |
| 専門性 | 個人の能力に依存 | 組織的に担保 | 両方を確保しやすい |
| 離職リスク | 高 | なし | 中 |
| 向いている会社 | 採用でき、かつレビュー担当を 別に置ける会社 |
業務量の大小を問わず広く向く | 移行期の暫定形 |
この記事が、アメリカで経理体制に悩む個人事業主・日系企業の方の助けになれば幸いです。