「ニューヨークで飲食店を開業したいけど、従業員を雇ったら最低でも月いくらかかるのか?」
「最低賃金は毎年上がっていると聞いたけれど、今年はいくらになったのか?」
こうした疑問を持つ方は多いのではないでしょうか。ニューヨークで飲食店やサロンなどの開業を検討している方にとって、人件費の実態を正確に把握することは非常に重要です。たとえ最低賃金に近い給与で従業員やアルバイトを雇用するにしても、実際に雇用主が負担しなければならないコストは多岐に渡り、想定していたよりも多くの人件費がかかっていると感じるケースは少なくないと思います。
この記事では、2026年度のニューヨーク州の最低賃金や(コスト削減につながる)Tip Creditの仕組み、NY州固有のルールを中心に解説していきたいと思います。特に飲食・ホスピタリティ業界で事業を展開されている方や、今後ニューヨークでの採用を検討されている方の助けになれば幸いです。
なお、ニューヨーク州以外の最低賃金もあわせて確認されたい方はカリフォルニア州・ハワイ州を含む主要州の比較記事もご参照ください。
1. ニューヨーク州の最低賃金
ニューヨークの最低賃金は全米でも特に複雑な構造をしています。州全体で一律の金額ではなく、地域によって適用される最低賃金が異なるという点が最大の特徴です。
2026年現在の地域別最低賃金
ニューヨーク州の最低賃金は、2026年1月1日の改定により以下の水準になっています。
- ニューヨークシティ5区域(マンハッタン・ブルックリン・クイーンズ・ブロンクス・スタテンアイランド)とロングアイランド、ウエストチェスター郡:時給 $17
- ニューヨーク州内のその他の地域:時給 $16
ニューヨーク州が地域別に最低賃金を設定しているのは、(マンハッタンを中心とする)ニューヨーク都心部と郊外エリアの間の物価差が大きいためです。ご参考に、マンハッタンへ通勤する人が多く住むニュージャージー州の最低賃金は2026年時点で$15.92となっています。
なお、2027年以降のニューヨークの最低賃金はインフレ率に連動して決定するとされています。実際の改定額は前年10月1日までに州労働省が発表するため、採用計画の際は発表のタイミングに合わせて確認されると良いかと思います。
日本円で見るとどのくらいの水準か
ニューヨークの最低賃金を日本円に換算した場合(1ドル=150円として計算)、ニューヨーク市内の最低賃金$17は時給2,550円に相当します。昨今の円安影響を考慮して1ドル=120円として計算しても、最低賃金$17は時給2,040円に相当します。単純に日本の最低賃金(2025年の全国加重平均1,121円)と比較するとおよそ2倍前後の開きがあると言えます。
2. 必ず知っておきたいTip Credit(チップクレジット)の仕組み
このセクションでは、飲食店やサービス業などのチップ文化のある業態向けに「Tip Credit(チップ・クレジット)」のルールをご紹介したいと思います。この制度は適切に活用すれば人件費を抑えられるケースもありますが、所定の要件を満たさないと想定外のペナルティが発生する場合もあるため注意が必要です。
Tip Credit(チップ・クレジット)とは何か
Tip Creditとは、チップを受け取る職種(Tipped Workers)に対して雇用主がチップ収入を賃金の一部として算入できる制度です。つまり、雇用主はチップ収入の一部を賃金として見なすことができるため、チップ収入の分だけ現金での支払い賃金(Cash Wage)を最低賃金より低く抑えることが可能です。
2026年現在のニューヨーク州のTip Credit適用下での最低現金賃金(Cash Wage)は以下の通りです。
| 地域 | 従業員種別 | 雇用主の負担する 現金賃金 (Cash Wage) |
チップクレジット (Tip Credit) |
最低賃金 (Cash Wage + Tip Credit) |
|---|---|---|---|---|
| ニューヨーク市 | 飲食店 | $11.35 | $5.65 | $17($11.35 + $5.65) |
| その他サービス業 | $14.15 | $2.85 | $17($14.15 + $2.85) | |
| ロングアイランドと ウエストチェスター郡 |
飲食店 | $11.35 | $5.65 | $17($11.35 + $5.65) |
| その他サービス業 | $14.15 | $2.85 | $17($14.15 + $2.85) | |
| ニューヨーク州の その他の地域 |
飲食店 | $10.70 | $5.30 | $16($10.70 + $5.30) |
| その他サービス業 | $13.30 | $2.70 | $16($13.30 + $2.70) |
なお、表内では便宜上「飲食店」「その他サービス業」と表記していますが、正式名称はそれぞれ「Food Service Workers」および「Service Employees」となっています。それぞれについての大まかな定義は以下の通りです。
- Food Service Workers(飲食店):レストランや飲食店において食事・飲料の提供を主業務とする従業員(ウェイターやバーテンダーなど)を指します
- Service Employees(その他サービス業):ホテル・レストランなどのホスピタリティ業界で働く従業員のうち、飲食の提供を主業務としない職種(フロントやベルボーイ、客室係など)を指します
両者のTip Credit金額の違いについて補足すると、飲食店のウェイターやバーテンダーはテーブル担当制で顧客と直接やり取りをするため、ホテルのフロントや客室係と比べてチップを受け取る頻度・金額ともに大きくなる傾向があります。そのため、より多くのチップ収入が見込める「Food Service Workers」の方がチップクレジットの適用額を大きく設定することが認められていると考えられます。
Tip Credit制度を用いる際の注意点
Tip Creditを活用する際に見落としがちなのが、想定よりもチップが少なかった場合の取り扱いです。仮に従業員のチップ収入が思っていたよりも少なく、現金賃金(Cash Wage)との合計が州の定める最低賃金に満たなかった場合、雇用主はその差額を補填する義務を負うことになります。特にオフシーズンや閑散期が続く業態では、Tip Creditによる人件費の削減効果が想定より小さくなるケースがあるため、年間を通じた売上・来客数の波を考慮した上でTip Creditを検討されることをおすすめします。
3. ニューヨーク州固有のルール | Spread of Hoursについて
Spread of Hours(スプレッド・オブ・アワーズ)とは、1日の最初の出勤から最後の退勤までの時間幅(休憩・待機時間を含む)が10時間を超えた場合に、追加で1時間分の最低賃金相当額を支払わなければならないルールです。
たとえば、ランチとディナーの間に3時間の休憩があるレストランスタッフが午前10時に出勤して午後11時に退勤した場合、対象となる時間幅(従業員の拘束時間)は13時間です。この場合の拘束時間は10時間を超えているため、実働時間が8時間であっても(ニューヨーク州勤務であれば)追加で$17.00(= ニューヨークシティの最低賃金1時間分)の支払いが必要になります。なお、この追加賃金は従業員の通常時給やチップクレジットを適用した低い現金賃金ではなく、常に最低賃金(Minimum Wage)の1時間分が基準となります。
このルールはランチとディナーのように1日の勤務が2つに分かれるSplit Shift(スプリットシフト)を採用している飲食店では特に注意が必要です。シフトとシフトの間の休憩時間も拘束時間に含まれるため、実働時間が少なくてもSpread of Hoursの条件を満たしてしまうケースが多いかと思います。
なお、このルールはレストランおよびホテルに限定された規定となっています。また、この追加で支払われる賃金は残業代の計算ベース(Regular Rate)には含めなくてよいとされており、残業が発生した週でも追加賃金を含めた金額を基準に計算する必要はありません。
給与計算のシステムがSpread of Hoursの自動計算に対応していないと見落としやすいため、システムの設定を一度確認してみることをおすすめします。
4. 雇用主が負担する賃金以外の主なコスト
最低賃金の時給額はあくまで従業員への支払い額であり、雇用主の実際のコストはそれより高くなります。アメリカでは Payroll Tax もしくは Employment Tax(給与税)と呼ばれ、これらの雇用主負担分や各種保険料を加算すると時給あたりの実質コストは大きく変わります。
以下に、Payroll Taxの中でも雇用主側で(一部または全額を)負担する必要のある項目をまとめました。
※ “✔” = 負担あり
Social Security Tax と MedicareTaxを合わせた FICA Tax(ファイカ・タックス)の雇用主負担は賃金の7.65%です。州によって加入義務のある保険料や失業保険税を含めると、雇用主の実質コストは支払い賃金の約1.1〜1.2倍程度になるケースが一般的と想定されます。
まとめ
この記事では、2026年度のニューヨーク州の最低賃金やTip Creditの仕組み、NY州固有のルールを中心に解説してきました。
以下に、ニューヨーク市内で従業員を雇う際にかかる雇用コストの全体像を整理しておきます。
※ 最低賃金は2026年1月1日改定時点。
この記事が、ニューヨークでの開業や人件費の見直しを検討している経営者の方々の助けになれば幸いです。