この記事でわかること
2025年7月4日、アメリカにおいて新たな税制の枠組みを定める重要法案「One Big Beautiful Bill Act」(以下、OBBBA)が正式に成立しました。法案のポイントを知っているか知らないかの違いが大きな節税につながる可能性もありますので、その内容を簡単にでも確認しておくことをおすすめします。
この記事では、OBBBAによって変わる個人のタックスリターンへの影響を、以下の4つのポイントに絞って分かりやすく解説します。
- 現行の減税措置が今後も継続
- 4つの新しい所得控除が2025〜2028年限定で新設
- SALT(州・地方税)の控除上限額を一時的に引き上げ
- 遺産税・贈与税の基礎控除額を引き上げ
1. 2026年に予定されていた大規模増税の回避
まず初めに、OBBBAにおける最重要ポイントは現在進行形で続いていた個人向け減税措置の多くを恒久化した点にあります。もしこのOBBBAが成立していなければ、現在の個人向け減税措置は2025年12月31日をもって失効し、2026年からは税率が引き上げられ、多くの個人の納税者にとって実質的な増税となる予定でした。
要点1: 個人所得税率の恒久化
現在施行されている7段階の所得税率(最高税率37%)がOBBBAによって恒久的な制度となりました。これにより、納税者は長期的な視点でのタックスプランニングが可能になったと言えると思います。具体的に恒久化された個人の所得税率は以下のとおりです。
要点2: 基礎控除額(Standard Deduction)の恒久化
現行の基礎控除額も恒久化され、さらにインフレ調整が加えられた結果となっています。2025年の基礎控除額は、独身申告者(Single)で$15,750、夫婦合算申告(MFJ)で$31,500、世帯主申告(Head of Household)で$23,625となります。
2. 4つの新しい所得控除(2025年〜2028年)
2025年から2028年までの4年間という期間限定ではありますが、4つの所得控除が新たに導入されました。
新設された所得控除の概要(2025年〜2028年)
要点1: チップ収入に対する控除
2025年から2028年までの期間限定で、適格なチップ収入に対して年間最大$25,000の所得控除が認められます。簡単にいうと、チップ収入が最大$25,000まで非課税になるということです。
「適格なチップ」とは、顧客から任意で支払われる現金またはクレジットカードによるチップを指します。なお、この控除を受けるためにはチップ収入がForm W-2やForm 1099などの公的な書類で報告されている必要があります。
ただし、この控除は修正調整後総所得(Modified Adjusted Gross Income、以下、MAGI)が独身で$150,000、夫婦合算で$300,000を超えると段階的に減額されます。つまり、一定の高所得者の場合にはこの非課税ルールは適用されない可能性があるということになります。
要点2: 時間外労働(残業代)に対する控除
4年間の時限措置として、残業代に対する所得控除も新設されました。控除の対象となるのは、連邦労働基準法(Fair Labor Standards Act、以下、FLSA)で定められた時間外労働に対する「割増賃金部分」のみです。例えば、「1.5倍」の残業代のうち、通常の時給を超える「0.5」の部分が控除対象となります。ごく簡単にいうと、残業代については非課税になるというルールです。
なお、こちらもチップ収入と同様に、一定の高所得者の場合にはこの非課税ルールは適用されない可能性があります。控除上限額は年間で独身申告者が$12,500、夫婦合算申告者が$25,000となっており、チップ収入と同様にMAGIベースで独身で$150,000、夫婦合算で$300,000を超えると非課税にできる残業代の金額が減額されていきます。
要点3: 自動車ローン金利に対する控除
個人で使用する目的で購入した新車のローン金利について、年間最大$10,000まで所得控除が可能になります。なお、この控除には以下4点を含むいくつかの重要な条件がありますので注意が必要です。
- 対象となるローンは2024年12月31日以降に組成されたものに限られます。
- 対象車両は中古車ではなく、納税者が最初の使用者である新車でなければなりません。
- 私的に利用する車両(ビジネスまたは商業用ではない)である必要があります。
- 最も重要な点として、車両の「最終組立地」が米国内である必要があります。
なお、MAGIが独身で$100,000、夫婦合算で$200,000を超えると控除額(= 非課税にできる金額)が減額されていきます。
要点4: 高齢者向けの追加控除(Deduction for Seniors)
65歳以上の納税者を対象に、1人あたり$6,000の追加控除が導入されます(夫婦ともに65歳以上の場合は合計$12,000)。この控除は既存の高齢者向け追加標準控除に上乗せして控除することが可能です。なお、MAGIが独身で$75,000、夫婦合算で$150,000を超えると控除額(= 非課税にできる金額)が減額されていきます。
3. 州・地方税(SALT)控除上限額の一時的な引き上げ
3つ目の重要なポイントとして、州・地方税(State and Local Tax、以下、SALT)控除の上限額が(現行の$10,000から)$40,000へと大幅に引き上げられました。この新しい上限額は2025年から適用され、2026年から2029年までは毎年1%ずつ引き上げられていく予定です。
なお、MAGIが$500,000を超える高所得者については控除額の上限が段階的に引き下げられますので注意が必要です。また、この$40,000への引き上げはあくまで期間限定のルールであり、2030年には再び$10,000の上限に戻る点にも注意が必要です。そのため、不動産の購入等の大きな出費を検討している場合には、そうした大型の出費をSALTが引き上げられる期間内(2029年まで)に行うことで、より多くの節税メリットを受けることが可能です。
4. 遺産税・贈与税の基礎控除額の引き上げ
遺産税(Estate Tax)および贈与税(Gift Tax)の基礎控除額についても引き上げられました。2026年1月1日以降、控除額は一人あたり$15,000,000(夫婦で$30,000,000)となり、以降はインフレに応じて調整されることになります。
個人の納税者が注意したい3つのポイント
OBBBAは多くの納税者に減税の恩恵をもたらす一方で、特に新しい控除を利用する納税者にとってはタックスリターンの準備がより複雑になる可能性があります。税制の簡素化という大きな流れとは裏腹に、コンプライアンスと記録保持の重要性が増している点に注意が必要です。
注意点1: 新しい控除のための記録保持義務
新設された控除を申告するためには、その根拠となる適切な記録を保管することが義務付けられます。例えば、以下のような記録の保持がそれぞれ重要になります。
- チップ収入の控除:日々のチップ収入の記録保持が不可欠です。また、チップ以外の収入(例:サービス料など)と適格なチップ収入を明確に区別する必要があります。
- 時間外労働収入の控除:給与明細上でFLSAに基づく割増賃金部分が明確に区分されているかを確認し、保管する必要があります。通常の給与明細ではこの区分が不明瞭な場合もあるため、必要に応じて雇用主へ確認されることをおすすめします。
- 自動車ローン金利控除:ローン契約書や毎月の支払利息額が記載された明細書、そして車両の最終組立地を証明する書類を保管する必要があります。
注意点2: 雇用主側の給与計算・報告義務
納税者個人だけでなく、雇用主側にも新たな報告義務が課せられる点に注意が必要です。雇用主は、従業員のForm W-2において適格なチップ収入とFLSAに基づく時間外労働の割増賃金をそれぞれ他の給与所得とは別に記載することが求められます。アメリカで従業員を雇用されている方は、発行するForm W-2にこれらの項目が正しく記載されているかを確認することが重要です。
注意点3: 確定申告(Form 1040)への影響
新設された控除項目を反映させるため、IRSはタックスリターンのForm 1040や関連するSchedule(明細を記載するフォーム)、フォームごとのInstructionを改訂することが予想されます。特に新設された4つの控除を申請する納税者は、申告手続きが従来よりも複雑になることを念頭に置き、早めに準備を進めることをおすすめします。
まとめ
この記事では、「One Big Beautiful Bill Act」が個人の納税者に影響する4つの重要ポイントについて解説してきました。
米国で納税義務のある個人はこれらの変更点を踏まえ、自身の状況に合わせた戦略的なタックスプランニングを行うことが求められます。OBBBAによって導入された新しい税制は複雑であり、個々の状況によってその影響は大きく異なります。正確な税務申告と適切な節税対策のためには、これらの変更内容を丁寧に理解し、信頼できる会計士に相談することをおすすめします。
本稿は2025年7月4日に成立したPublic Law 119-21および関連するIRSの公表情報に基づき、一般的な情報提供を目的として作成されたものです。この記事は個別の税務アドバイスを意図したものではなく、具体的な税務申告やプランニングにあたっては必ず専門家にご相談ください。